箱根旧街道/東海道ルネッサンス

2015.08.24 (Mon)
箱根旧街道2

箱根旧街道1

箱根旧街道5

箱根旧街道6

箱根旧街道9

箱根旧街道0

箱根旧街道8

箱根旧街道3

箱根旧街道7

箱根旧街道4

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匠が巧みに未来を拓く檮原の町づくり【手づくり郷土賞】

2014.04.21 (Mon)
檮原の町づくり1

檮原の町づくり4

檮原の町づくり3

檮原の町づくり2

檮原の町づくり9

檮原の町づくり7

檮原の町づくり8

檮原の町づくり5

檮原の町づくり6

鞆の浦(1867年4月23日/いろは丸事件)

2007.02.11 (Sun)
鞆の浦/いろは丸記念館1

鞆の浦は、瀬戸内海のほぼ中央に突き出した半島の先端にある港町で、道路事情が極めて悪い(というか、景観保存運動で道路ができない)地域であるため、江戸時代の風情ある町並みがごっそり残されてきた。
江戸時代の物流は陸上よりも海路が中心であり、波の穏やかな瀬戸内海を往来する船の数は相当のものであったようだ。その中心に位置したこの港町であったので、船員の休息や物資の積み卸しで反映したことは紛れもないことで、その時代に作られた街の資産価値を守り続けている町の人の情熱はすごいと思う。
鞆の浦/いろは丸記念館2

鞆の浦は、坂本龍馬ゆかりの地である。龍馬が最も忙しく東奔西走していた1867年(慶応3年)海援隊所有の「いろは丸」という帆船で長州藩に提供する武器弾薬を満載して京に向かっていたとき、紀州藩の明光丸と衝突事故を起こした。徳川御三家の紀州藩に対して堂々と賠償金請求の訴えを起こし、のちに勝訴することになるのだが、日本の海難事故では最初の法と公論に寄って解決したことで有名である。
 

長崎(1865年/亀山社中設立)

2007.02.10 (Sat)
龍馬のブーツ坂本龍馬像
長崎は坂の街である。市電通りから車の通れない階段ばかりの坂の道を息を切らせて登り詰めたところに、かつて龍馬が活動した亀山社中の跡地がある。山の斜面までびっしりと建物が張り付いた町並みとその向こうに長崎港を見下ろす広場には、「竜馬のブーツ」という視点場が設けられているので、140年前の歴史が激動していた頃を想像してみるとよい。
亀山社中跡花月

江戸時代の日本は、長崎出島のみが海外に通じる文明の出入口であった。そこで龍馬は1865年(慶応元年)、貿易会社として「亀山社中」を組織して物産や武器の貿易事業に着手した。龍馬が京都で暗殺されるまでここからたった2年の間に日本の歴史を変えるために、龍馬の東奔西走の日々が続く。

桂浜(1836年1月3日/坂本龍馬誕生)

2007.02.09 (Fri)
高知桂浜2

幕末の英雄、坂本龍馬は四国の土佐藩で生まれ育ち、その後33歳で生涯を閉じるまで、めまぐるしい勢いで日本を駆け回り、新しい時代を作った。高知県に行くと、竜馬の銅像や記念館、あるいは「脱藩の道」にちなむ街おこしなどが盛んに行われていた。
高知桂浜3高知桂浜1
当ブログでも、『龍馬が歩いた道』のコーナーを設け、全国の龍馬にゆかりのある風景を紹介していくこととした。
高知桂浜4


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